記事:2016年
     

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記事:「DER NEUE MERKER」誌 (2016年11月号)
東京『ワルキューレ』〜2016年10月 .

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ヘルシンキで1996年に始まったゲッツ・フリードリヒの3つめの『指環』プロダクションが、いま東京で1年に1作のペースで上演されている。この公演は、日本の国立オペラ・カンパニー、新国立劇場(NNTT)によるもので、1800席、素晴らしい最新式の設備をもつこの劇場で行われている。

新国立劇場は通常、主要な役に外国のスターを招聘し、比較的小さな役に日本人歌手を配しており、この『ワルキューレ』も同様だった。昨年の『ラインの黄金』については、クセニアディス和子氏が当ページ(2015年11月)において複雑な印象の批評をしていた。やはり私もこの『ラインの黄金』を観て、音楽的にも視覚的にも大きな感銘は受けなかった。そうした状況から、『ワルキューレ』(10月8日鑑賞)は全くかけ離れていた。それどころか、半世紀にわたるオペラ通いで私が経験した『ワルキューレ』の中で最も優れた上演のひとつだったのである。

昨年の『ラインの黄金』の数少ない傑出した成果の1つはローゲを演じたステファン・グールドで、その彼がジークムントとして再登場した。グールドは疑いなく現在、世界でも卓越したジークムントの一人であり、長い間に私が聴いた中でおそらく最高のジークムントである。声は豊かで余裕たっぷり、ピットからの音の壁を突き抜ける十分な芯とパワーを備えている。「ヴェルゼ!」は、全く身震いするほど素晴らしく、メルヒオールほど長く伸ばさないとはいえ、声量の豊かさ、そして力まず楽々と歌っているように見えるところは互角である。

グールドと同じ水準にあるのが、グリア・グリムスレイのヴォータンである。ヴォータン役を演じる円熟した技量は、ハンス・ホッターを思い起こさせる。というのも、人間的な温もりと感情の揺れに、神々の長たる振る舞いを兼ね備えた、心理的なヴォータン像が完璧に表現されていたのだ。死せるジークムントをかき抱く様子は悲痛極まりなく、その一方、第3幕で目の眩むばかりの音と光のショーを伴って嵐のように登場すると、恐怖に身も固まるほどだ。

グリムスレイに対する好敵手たる妻は、贅沢で華やかな装い、豊かで美しい声とはまったく裏腹の、悪意に満ちた思考に凝り固まるフリッカ、エレナ・ツィトコーワであった。ジョゼフィーネ・ウェーバーのジークリンデは、中音域の艶には欠けるものの、「おお、天にも昇るような心地です!(O hehrstes Wunder!)」は見事にオーケストラを越えて飛んできて、輝かしい高音を持ち、表情豊かなニュアンスの幅を備えていた。

イレーネ・テオリンのブリュンヒルデも、大いに満喫した。翼の付いた面白くもない頭飾りのせいで、ヴァルキューレというよりローマ神のマーキュリーのように見えたことはさておくとして、彼女はこの役にふさわしく、よく動き、卓越したエネルギーと確信をもって歌い上げた。もっとも、声に温かみが不足し、グリムスレイと比べるといささか演技の掘り下げが浅く感じられて、この役柄になり切るにはさらなる成長が必要、と感じた人もあるだろう。また、「ホヨトホー」は明らかに研究しなければならない。
アルベルト・ペーゼンドルファーは、印象的な非常に暗い声で、不吉な響きを持つフンディングであった。元気の良い日本人ワルキューレ軍団は、役に奥行を与えていた。

グールドおよびグリムスレイと比肩するのが、飯守泰次郎の指揮する素晴らしい東京フィルハーモニー交響楽団(TPO)だ。飯守の解釈は、完全なるワグネリアン精神によるもので、高貴にして雄大であり、ダイナミクスやフレーズの構造は熟練したコントロールがなされ、すべてが偉大なドイツの巨匠たちの最良の伝統を受け継いでいる。東京フィルはフル編成の弦楽器セクション60名で、驚くべきパワーと包み込むような温かさ、正確な技術で演奏した。ワーグナーを演奏するのに東京フィルよりもふさわしいヨーロッパのオーケストラを、私は思い浮かべることはできない。低音の金管楽器はまさに荘厳であり、トランペットの首席奏者は巨大なオーケストラを壮大な頂点へ導いていた。

ゴットフリート・ピルツの舞台装置デザインは、大きくシンプルで幾何学的な形で作られており、コンセプトは『ラインの黄金』から保たれ、ほとんどの部分はよりうまく実現されていた。第1幕は、薄紫色の光で照らされた約15度傾いている長方形の箱で構成され、歌手の足首に大きな負担を強いたに違いない。傾斜の意味するところは不明だが、見た目は美しく、少なくとも物語を破壊はしなかった。外では雪嵐が吹き荒れて「冬の嵐は去り」への素敵な先ぶれであったが、いざその瞬間には、春の訪れの象徴ではなく、背景の壁がみぞれのようなものに転換していた。これは説明してほしい!第3幕のセットは映画「スター・ウォーズ」(宇宙空間への緊急滑走路)由来かと思われ、魔の炎は大盤振る舞いである。キンモ・ルスケラによる、想像力豊かで知的で色彩に溢れる照明デザインは、このプロダクションに視覚的な喜びをもたらしていた。

見たところ、日本は『指環』中毒であふれている。バイロイトで『指環』を聴かなくても、日本にいながらにして多くの選択肢がある。新国立劇場での『ワルキューレ』全6公演はいずれも、平日の午後の開演でさえも、全席完売または完売に近く、昨年の『ラインの黄金』6公演も同様だった。
来年6月(1日〜17日)予定の新国立劇場『ジークフリート』を待ち切れなければ、11月上旬のウィーン国立歌劇場来日公演による別の『ワルキューレ』や、同じ11月下旬のサントリー・ホール「ホール・オペラ」シリーズの一部であるドレスデン・シュターツカペレの『ラインの黄金』に行くこともできる。NHK交響楽団は4月に『神々の黄昏』2公演を演奏会形式で行い、日本フィルハーモニー交響楽団は『ラインの黄金』2公演を5月に行う。
地方発のチクルスも進行中であり、1つは9月に始まった名古屋のチクルスで、6月の『ワルキューレ』に続く。もう1つは大津(京都近郊)のびわこホールで、コンピューター・マッピング・テクノロジーにより生演奏のオペラとスティーブン・スピルバーグ映画の魅力的なリアリズムを結合するのが特徴で、『ラインの黄金』は3月4日および5日に開幕する。

筋金入りのワグネリアンにとって、値段に異存はないようだ。サントリー・ホールの『ラインの黄金』で最も高価なチケットは43,000円(380ユーロ)である。ウィーン国立歌劇場『ワルキューレ』の席は最低でも33,000円(290ユーロ)からで、驚いたことに73,000円(640ユーロ)まで昇りつめる。ホヨトホー!

新国立劇場のプロダクションは、チケット価格はかなり抑えられている。6月の『ジークフリート』では、グールドとグリムスレイとともに、昨年の『ラインの黄金』におけるスター歌手で、悪意に満ちたアルベリヒであるトーマス・ガゼリも再登場するため、日本への旅が検討に値することは確かである。チケットは、ウェブサイトで英語で購入可能だ。

Robert Markow
(訳:とねりこ企画/文責:飯守泰次郎)

(原文はこちらからご覧いただけます(PDF:1580KB))

 
 
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