記事:2018年
     

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記事紹介
「OPERNGLAS」(ドイツのオペラ雑誌2018年7/8月号
東京『フィデリオ』5月20日 新国立劇場
TOKYO Fidelio 20. Mai ・ New National Theatre

−Ralf Tiedemann(「Das Opernglas」誌編集長)−

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新国立劇場で上演されたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作「フィデリオ」の新作は、日本が誇れる力作ではないだろうか。オープンから20年 、日本で唯一オペラに特化したこの劇場は、今回の初演で世界トップクラスのオペラハウスに成長したことをはっきりと証明した。
また、バイロイトの外やリヒャルト・ワーグナー以外の作品の演出を滅多に引き受けないカタリーナ・ワーグナーを獲得できたという事実も、日本内外で大きな注目を集め、ドイツを中心に遠く離れたヨーロッパの国々からの観客をも、この躍動する大都会に呼び込む原動力となったであろう。

この企画は、芸術面でも大成功を収めた。バイロイト音楽祭の総監督で作曲家ワーグナーの実のひ孫にあたるカタリーナ・ワーグナーのネームバリューも絶大だが、挑戦的とも言える演出の構想は華やかで、スリリングで、隙がない。

(…中略…)

指揮を担当したのは、今回の『フィデリオ』が新国立劇場の芸術監督としての最後の仕事となる飯守泰次郎で、自ら演出をカタリーナ・ワーグナーに依頼している。長いキャリアを持つ彼は、特にワーグナー作品の演奏で国際的に高く評価されている。安定した東京交響楽団の演奏は、(…中略…)楽曲の美しさが引き立つ場面がいくつもある。そして賞賛すべきは、三澤洋史率いる新国立劇場合唱団である。一貫して素晴らしいパフォーマンスを披露し、有名な囚人の合唱(しかも舞台全体がせり上がる!)や群衆が歌うフィナーレは、間違いなくこの作品のクライマックスとなっている。

総評として、「フィデリオ」は新国立劇場20 周年シーズンの華々しい幕切れとなったのではないか。(後略)
 
 

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記事紹介
評論家・東条碩夫氏のブログ「東条碩夫のコンサート日記」より
2018・7・13(金)飯守泰次郎指揮 東京シティ・フィル

−東京オペラシティコンサートホール 7時−(2018年7月13日付記事)

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錦糸町のトリフォニーホールから、西新宿の東京オペラシティへ移動。猛暑のためか、今日は道路があちこち渋滞状態で、door to doorで1時間近くを要した。

先ほど聴いた新日本フィルの演奏会では、ブルッフとブルックナー。そしてこのシティ・フィルの演奏会では、ブラームスとブルックナー。奇しくも独墺3大BRの激突、というわけか?

で、こちら東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期は、桂冠名誉指揮者・飯守泰次郎の指揮で、最初にブラームスの「ネーニェ(悲歌)」、後半にブルックナーの「ミサ曲第3番」。協演の合唱は東京シティ・フィル・コーア(合唱指揮は藤丸崇浩)。「ミサ曲」での声楽ソリストは、橋爪ゆか、増田弥生、与儀巧、清水那由太。コンサートマスターは荒井英治。

ブラームスの「悲歌」は、以前は「哀悼の歌」という邦訳で馴染んで来たものだが、いつからこういう表記になったのかは知らない。
ともあれ長大なブルックナーの「ミサ曲」の演奏に先立つ小品として、オーケストラ曲ではなくこの合唱を選んだのは、ブルックナーとブラームスとの対比や関連性を描くという目的の他に、2001年に飯守が提唱し設立した楽団専属合唱団━━東京シティ・フィル・コーアに活躍の場を与えようという狙いもあったのだろう。そして、東京シティ・フィル・コーアは、見事にその責任を果たした。その健闘ぶりには賛辞を捧げたい。

特に「ミサ曲」では、一部のメンバーは譜面を見ながら歌っていたが、大半は暗譜で歌っていた。どれほど練習を重ねたかが窺い知れるというものである。
今日はこの合唱団がすっかり主役となっていた趣だった。が、母体の東京シティ・フィルもすこぶる充実度のい演奏を繰り広げてくれたことは、改めて言うまでもない。

そして何よりも、飯守泰次郎の滋味豊かな、起伏の大きい、揺るぎない緊張感を持続させた指揮は、最大の称賛に値するだろう。
彼は東京シティ・フィルとのブルックナーの交響曲ツィクルスを、2年前の7月に完結させており、今回の「ミサ曲第3番」はその続篇というか、番外篇ともいうべきものであろう。それはまさに予想を遥かに上回る見事な演奏だった。そのスケールの大きさと情熱の豊かさにおいては、交響曲(複数)での演奏をも凌ぐものだったかもしれない。

今日は結構な客の入り。シティ・フィルの定期も、いつもこのくらい入れば・・・・。

 
 

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評論家・東条碩夫氏のブログ「東条碩夫のコンサート日記」より
2018・2・3(土)飯守泰次郎指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

−ティアラこうとう大ホール 2時−(2018年2月3日付記事)

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「ティアラこうとう」は、1200席程度の中ホールである。シティ・フィルは、メインの東京オペラシティコンサートホールでの年9回の定期の他に、このティアラこうとうで年4回の定期を開催しているのだが、ホールの規模は小さいけれども、お客さんの雰囲気は、むしろこちらの方が温かいような気がする。

  今日はこのホールでの第52回定期。桂冠名誉指揮者・飯守泰次郎の指揮で、モーツァトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」というプログラムだった。コンサートマスターは戸澤哲夫。

  「ドン・ジョヴァンニ」序曲での演奏は、序奏からして重々しい悲劇的性格を感じさせ、主部に入ってもその陰影に富んだ色調が続いて行く。このあたりは飯守ならではの味だろう。シティ・フィルも完璧に応えている。

  「悲愴」は、最初は坦々と進んで行くように感じられたが、第1楽章の展開部の終りあたりからは、音楽が俄然、剛直で激烈な色合いを帯びて来た。
  再現部の第277小節(【Q】)以降になると、あのシティ・フィルが――などという言い方は今やもう通用しない時代になっているほど、この楽団の演奏水準は上がって来ている――魔性的な咆哮と慟哭を、怒涛のように繰り返す。ここは飯守が常に「狂気のようになる」くだりだそうだが、近年の演奏――例えば今日の演奏などでは、その激情もバランスのいい構築になって来ているし、シティ・フィルの音色にも混濁がないので、感銘もいっそう深くなるだろう。
  この激しい慟哭のあとの抒情的な第2主題、あるいは第2楽章も深い情感にあふれており、特に第4楽章は極めて高い格調に満たされていた。

〔後略〕

 
 
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